2015年02月01日

沖縄に潰えた軍旗 20

歩兵第22聯隊 20
通称号 山3474部隊、第24師団 歩兵第22聯隊の軌跡
(楚辺海岸の聯隊砲陣地 3)

陣地は海蝕洞を用いて設けられており、岬の下の岩場、窪みの一部をコンクリートにより掩蔽、銃眼(砲座)1箇所が成形されている。 こちらは 都屋の陣地 と異なり、頭上の岩場、珊瑚岩の掩蓋は分厚く、また海に向かって大きく迫り出している。 多少は耐弾性が高いものと思われるが、敵艦砲の乱撃に対し、果たして将兵は如何ほど堪えられたであろうか。

銃眼は封じられているが、その外寸は幅1.5メートル×高さ70センチ程度。 跳弾の侵入を防止する段差を内部に向かって3段設け、遮蔽するコンクリートの厚みは1メートル程度と見られる。

昭和19年10月2日、敵の本格的空襲を直前としたこの日、歩兵第22聯隊の幹部将校は、聯隊本部のある読谷山村 牧原農事訓練所に参集していた。 訓練所の一室に於いて恒常の作戦会議と併せ、この日は聯隊の兵器係部将校より、新たな兵器の説明が行われた。 モノは以前にも紹介した 急造爆雷 、敵戦車に対抗する為の苦肉の兵器であった。 この日、聯隊長の訓話に続き、居並ぶ将校に披露された急造爆雷だが、兵器係の少尉が風呂敷を解いた刹那、傲然と爆発する。

 砲座遠景
沖側(西側)から臨む聯隊砲陣地の遠景。
銃眼は埋められているが、海蝕洞を用いた陣地である事が判る。
沖縄に潰えた軍旗 20

 銃眼
敗戦後、何等かの目的で封じたものと思われるが、 都屋の聯隊砲陣地 と同等の規格で設えてある。
沖縄に潰えた軍旗 20

※地図は 沖縄に潰えた軍旗 19 追記をご覧下さい※


タグ :読谷村

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