2009年11月11日

戦世(いくさゆー) 7

うるま市具志川 海軍砲台 3
うるま市(旧具志川市)具志川、具志川海軍砲台(海軍第10砲台)の施設跡。
具志川運動公園、東の丘陵に残る。

金武湾を指向した具志川砲台に対し、米軍の上陸を正面に受けた平安山海軍砲台(海軍第11砲台)は、その日の内に悲惨な結末を迎えた。
別名「ウカマジーの海軍砲台」とも云われ、米軍上陸とともに射撃を開始、全弾を撃ち尽くして全滅。(一説には2発射撃の後、反撃に遭い沈黙した) 独立歩兵第12大隊第3中隊から配属の無線士は、敵地上部隊との距離、状況を刻々と報告、「そばまで来ている」と報告の後、連絡が絶えたという。

近郊の村から駆り出された女子挺身隊員20名も、事前に支給された手榴弾2発が仇となった。 後方への移動中、米歩兵の攻撃に遭遇。手榴弾によって多くの者が自決し、脱出者は僅か3名。 暗黙の自決命令であったとも言われる。

4月2日、喜舎場の独立歩兵第12大隊本部に到着した第5中隊(長)は、大隊長から叱責を受ける。 具志川砲台撤収の際、事前命令の不徹底により、砲台を無傷で残置して来た事に因る。
直ちに第5中隊長は、砲台員と1コ分隊に、具志川砲台の破壊処分を命じ、此処に具志川砲台は咆哮する事無く永遠に沈黙した。

写真は、砲台跡の手前(南西)10メートル辺りに残る、付帯施設の跡。
断崖の掘り込みの一部を用い、コンクリートで内部をかまぼこ型に成形した、半地下構造であった模様。 物資不足の為か鉄筋は無く、コンクリートには大きめの礫石が混ぜられている。
本部、指揮所との通信設備であったと思われるが、使途は不明。 砲台の弾薬で爆破され、半壊の姿のコンクリートも、様相を消し去る様に朽ち果てて行く。

戦世(いくさゆー) 7



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