開発の影で消える戦跡 227

2018年02月27日 12:00

西原町棚原 棚原観測所壕 3
首里複廓陣地の第二線、棚原高地の一隅、
 かつて軍の構築した着弾観測所跡が存在した。

千原△142高地 の南西に位置し、東は 聯隊長の意見具申 が軍司令部に認められ、聯隊主力(1Bn)は幸地へ布陣する事となった。

歩第22聯隊の主力は棚原へ布陣する事はなかったが、第2大隊は我如古~千原~棚原へと転戦しており、その間にこの壕に起居した可能性も考えられる。 また後の第二次総攻撃の際、歩兵第32聯隊(山3475)第1大隊は棚原まで進出している。 しかし記録の合間には、散兵壕に敵弾を凌ぐ様子が綴られており、将兵が附近の壕に身を寄せた記述はない。 同大隊が附近の壕の存在を知っていた可能性は低く、この様な部隊間の連携や情報共有の薄さ、更には門地隷属に拠る蔑視は旧軍で往々にあったと見られ、それによる無益な死は少なくないと考えられる。

坑道の分岐ヶ所には壁面に棚が成形され、そこには瓶の欠片など遺留品が纏め置かれていた。 水溜りの淵に立ち暗闇へ光輪を巡らせると、壁面には夥しい切削痕が続き、水底には坑木の欠片が散見された。 今に思えば水底の土中には何等かの遺留品が、壁面には「石壁の遺書」の遺っていた可能性があるも、全ては後の祭りである。 

 坑道
真四角に開掘されていた西側坑道の深部。
分岐ヶ所より常時水が溜まっており、切端を実見してはいない。


 切削痕
壁面に刻まれた鶴嘴などによる切削痕。
乾燥に脆くなるクチャの壁面だが、適度な湿度が往時を伝えていた。


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