大和世(やまとゆー) 389

2017年02月06日 12:00

名護市勝山 御大典記念道路碑
 県内に遺る御大典記念碑(続篇)
勝山の山中を海岸道へ抜ける小路、その路傍に佇む記念碑


車があれば、不便さも然程感じない沖縄本島での移動であるが、昭和の初頭には陸の孤島とも称される地域もあった。 場所は名護市の勝山地区。 内陸に位置し、柑橘類の栽培で著名な勝山の集落だが、当時は安和地区へ抜ける道がなかった。 特に勝山の西又地区の人々は、与那川沿いの崖を辿り、橋のない川を幾度か渡り、時に川底へ転落する者もあり、安和尋常高等小学校への登下校も危険が伴ったと云われる。
そこで西又地区33戸の人々は意を決し、自分達の手で道路を開通する事にした。

起工は御大典の年、昭和3年5月27日。 現在の様に重機もない時代、工事は専ら手作業で断崖の岩山を削り、モッコやザルで運ぶよりなかった。 見かねた名護町が補助金を出し、発破のダイナマイトと架橋の費用に充てられた。 そして僅か2キロの通称ターラバンタ道は、1年7ヶ月を経た昭和5年1月23日に竣工、如何な難工事であった事かが想像される。
この難工事を子々孫々に伝えたいとの思いから、この記念碑を建立したと云われる。

 御大典記念道路碑
辛うじて「御大典記念道路碑」が読め、裏面にも「起工・竣工年月日、費用、夫役数」など刻まれているが、石摺りをしないと全文の判読は難しい。


 遠景
路傍に佇む記念碑ながら、植え込みに覆われ全容はよく判らない。
今や勝山への道は幾重にも延び、この山道の有難味、先人の辛苦を偲ぶ気持ちも薄れたのであろう。

地図はこちら

※関連記事 県内に遺る御大典記念碑1

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